雑感・個人的意見

2014年02月02日

天才柳沢教授の生活


柳沢D

相変わらず放置なのかそうでないのか微妙な状態の当ブログ。
このところブログ主も相当に忙しくほったらかしにしていたのは紛れもない事実です。(笑)

さて、最近我が家では実家よりもたらされたこの文庫版コミックスが非常に人気です。
「何をいまさら(´・ω・`)」
とおっしゃるむきも多かろうと思いますが、これがなかなか面白い作品でありまして。

気になった方は調べて買って読んで見てください。

では。





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2012年11月10日

禁煙いたしまして。


私、2012年8月15日をもって禁煙致しました。
そこで、息抜きにぱっちの禁煙について書いて行こうと思いますので暫くお付き合い下さい。

そもそも、何故8月15日に禁煙したのか?
それは、たまたまその日の前日の8月14日の昼食以降一本もタバコを吸うことなく翌8月15日の朝を迎えた事に端を発します。

いつも起き抜けには必ず一服するのが習慣のぱっち。
その日も布団から抜け出し目覚めたばかりの少し粘ついた口の中を冷たい水で濯いだ後、吸い慣れたマルボロの赤を箱から一本取出し口に咥えてふと考えた。

「そう言えば、昨日から一本も吸ってなかったっけ」

気づけば火をつけようとしていた手を止め、咥えたタバコを吸うことなく再び箱の中へと戻しましていました。

「どこまで我慢出来るか試してみっか」

禁煙などと言うものは案外単純なきっかけでスタートするものでございます。


禁煙初日は案外大丈夫なものです。
そもそも禁煙しようと思い立って始めた訳ですから禁煙一日目から吸ってしまうような薄弱な意志は持ちあわせていません。
ただ、この段階ではまだ誰にも宣言していない所が喫煙家のズルい所でもあります。
過去の経験から最初の三日間で挫折する可能性が一番高い事を知っていますので、そこを乗り切ってから徐々に周囲に禁煙の宣言をして行く事が安全かつ確実です。
でないと宣言直後に挫折して非常に恥ずかしい思いをすると共に「意志薄弱な男」の烙印を押されてしまうからです。
しかし、宣言することなく禁煙を成就させる事もまた難しいので三日後宣言は有効な手段であると思います。

あと、今回ぱっちはタバコを捨てませんでした。
自宅に一箱、服のポケットに一箱を携帯しいつでも吸える状態を維持したのです。
禁煙の際には一切のタバコをゴミ箱に捨てて挑め!みたいな文言を良く見かけますが、吸いたくなった時にタバコがないと吸いたい衝動は非常に強いものになります。
しかし、いつも身近にタバコがある状態であれば「どうしようもなければ吸えばいい」と言う安心感と「自分は自分の意志で禁煙をしているのだ」という再認識を生む事ができる為に衝動的な欲求をある程度抑えることが出来るのです。
「タバコがないから吸えない」のではなく「タバコがあっても吸わない」状態をいかに持続するかが禁煙成功のカギであると言っても過言ではない気がします。

で、三日目の8月17日の朝、まずは家内に

「俺もう三日間タバコ吸っとらんで」

と少々自慢げに言いました。

当然ですが「禁煙するの?」と聞いて来ましたので「一応そのつもりだけどダメかも知れんよ」くらいの軽めの返事で終わらせます。
この頃(二日目〜三日目)になると俗に言う「禁断症状」なるものが出始めます。
日頃タバコを吸うシチュエーションでは猛烈にタバコが吸いたくなります。
ニコチンは早ければ約72時間で体内から消失すると言われています。
しかしニコチン消失後、脳にニコチンが補充されない状態に身体が慣れるまでは喫煙欲求は非常に強いものになるからです。
ぱっちはこの時期をネットで乗り切りました。
吸いたくなったらネットで「禁煙」を検索し、出てくる禁煙関連の情報を片っ端から読み漁るのです。
勤務中は仕事に支障が出ない範囲でPCを使い、外では携帯を使ってとにかく禁煙情報を常に閲覧し続ける事で、自分が自らの意志で禁煙しようとしているのだと自分に再認識させる作業を続けました。
それに加えて、「冷水で口を濯ぐ」「ノンシュガー、ノンカロリーのガムや飴、フリスク等」の補助的なアイテムを使って喫煙欲求を散らすようにしました。

8月18日には会社の同僚と家族全員にも禁煙している事を宣言して退路を絶ちます。
人間は誘惑に弱い生き物ですから、自分の周りの人間に禁煙を宣言する事で自分自身にプレッシャーをかける事も大変有効です。

その後は一日ずつの積み重ねです。
禁煙二週間目には常備しておいたタバコを処分し、身の回りの喫煙用具を全て片付けました。

さて、そして禁煙は現在まで続き、そろそろブログで公表しても大丈夫だと思えるようになった訳です。
しかし油断は禁物。
なぜならばぱっちの過去の一番長い禁煙期間は五年だからです。
従って2017年8月15日を目標に禁煙を続けて行こうと思っています。






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2010年07月11日

選挙。


皆さん
こんばんは(゚▽゚)/

今日7月11日は参議院選挙、そして大相撲名古屋場所の初日、どちらも盛り上がりに欠けると言う点では同じでしょうか。
(笑)


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今回も貰って来ました投票済証。

写真は揚輝荘
名古屋は松坂屋の創業者である伊藤次郎左衛門の別荘でしたが、今は名古屋市に寄贈されて、市の有形文化財に指定されています。


ところで、今日は6時過ぎから大相撲名古屋場所のダイジェスト放送がありましたね。

あれ、案外視聴率良かったんじゃないかなぁ。

ぱっちはいつもダイジェスト見る方だけど、放送時間が遅くて不満だったから、今回のは歓迎でした。
(笑)


8時からは選挙番組ばっかり。
(´・ω・`)

今回の選挙は低投票率で組織票を集めた政党で決まる気がします。

そういえば、ぱっちは今回中京TVの出口調査に協力しました。
( ̄∀ ̄)

TVカメラはなしですよ。
(笑)

では
8時までDASHを見たら、借りたハリーポッターのDVDを家族と見るとしますか。




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2010年05月20日

たまには更新しないとな・・・(笑)


こんばんは

さしたるネタも無く定常的日常を過ごしているとブログもなかなか更新できないものですなぁ。
(笑)

なので、たまには思いつくままに書いてみるのも良いかと。

最近思う事。

「金欲しい。」

金欲しいと言えば宝くじは結構買いますが当たったためしがありません。
(´・ω・`)

宝くじくらい「たら・れば」の多いアイテムもありませんよね。

ロトの抽選がある度に、「当たったら〜」「当たれば〜」と叶う可能性の低い「たら・れば」で盛り上がります。

最近思う事

「そりゃ酷いだろ。」

酷いと言えば酷い事だらけの世の中。

罪のない者が虐げられたり殺されたり。

中でも許し難いのは、ひったくりと虐待。

共に弱者を標的にして自己の欲求を満たそうとする卑劣極まりない行為。

虐待に至っては、無限の可能性を持って生まれて来た子供の可能性の全てを奪い去る極悪な行為と言えるし、ひったくりもまた性質は違えどもその卑怯さは人道に照らして決して許されざる行為であると思う。

そのような人間には躊躇なく死刑もしくは全く同じ目に合わせるのが相当と思うのですがどうでしょうか。

最近思う事。

「TV芸人ばかりになったな。」

何か最近アニメ以外の番組で言えば本当の役者だけのドラマってないよね。

ビート、所、さんま、紳助、クリームシチュー、雨あがり、99、などのバラエティー。

SMAP、嵐、V6、TOKIOなどアイドル系のバラエティー。

ドラマにもクイズ番組にも随所に出て来る芸人やアイドル。

教育番組でさえ例外じゃない。

で、それを見ている自分。

ふと物凄く腹が立ったりする。
(笑)

メディアの持つ役割は本来そんなもんじゃないだろ。

などとボヤキつつ今日も一日が終わって行きます。

最後に一言。

責任者出て来〜い!



patchjin at 21:21|PermalinkComments(18)TrackBack(0)

2010年05月03日

憲法記念日。

今日は憲法記念日。

日本国憲法が1947年の5月3日に施行された事からこの日が記念日となっています。

随分前に、「書いてみました」の中で日本国憲法の前文に関する雑感〜崇高な理想と目的の達成〜を書いた事がありますが、今日は第9条について思う事を少し。

ご存知の方も多いとは思いますが、9条は次のような条文からなっています。

1.日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

また、「マッカーサーノート」に置ける3原則の中には
「国権の発動たる戦争は廃止する。日本は、紛争解決のための手段としての戦争、さらに自己の安全を保持するための戦争をも放棄する。日本はその防衛と保護を、今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる。日本が陸海空軍を持つ権能は、将来も与えられることはなく、交戦権が日本軍に与えられる事もない。」
〜日本語訳

という一文があります。

憲法は戦力の保持を禁じています。

では、自衛のための戦力は?

憲法ではマッカーサーノートにあった「さらに自己の安全を保持するための戦争をも放棄する。」の部分まで言及しておらず、それを拡大解釈する事で自衛のための戦力は武力ではないとして現在の自衛隊の存在を認めています。

そもそも、絶対平和主義を理想として掲げる日本国憲法にあって、自衛隊と言う名の戦力を保持する事は果して是か非か。

意見の分かれる所だと思います。

人間の中にある闘争本能からすれば、武器がなければ作り、それもなければ身体を武器に戦うだろうと思います。

9条の指し示すのは、そのような本能に打ち勝つだけの自制心と理性を持った強い意志だと思うのです。

憲法記念日の今日、平和について今一度考えてみるのも良いのではないでしょうか。



patchjin at 15:30|PermalinkComments(6)TrackBack(0)